歩行/salco
いる
こうした春の予兆は私を急き立てる
冬、私は眠っているというのに
懐かしい所に置き去りにして来た幼児を騒がせる
どうせ報われっこないのに
春の気配は心臓を痒くさせる
この心地良い炎症は癒される事などないのに
冬の動物園はコンクリートの静謐に冷え
動物など一頭一匹いはしない
北極を知らぬものは束の間の冬眠に入り
アフリカを忘れたものは皆凍死している
氷やガラスは冬映える
鉄柵の向うを眺める時は自分が一番良く見える
猿は煙草に火を点けて、
肺に孤独がすとんと落ちるのを感じている
トーテム・ポールのように突っ立っている
冬の動物園は最も冴え亘っているけれど
だからと言って
こんな状態に自分を置いているのが好きなわけじゃない
冬は私に傍観者の眠りをくれる
そのお礼に私は寒さに震える
摂氏一度の水中に在る自分を終日眺めて過ごす
実際、それは眠りに等しいものだ
春の声はそんな私を起こす
居もしない誰かを探すような
熱い寂寥と愚かな焦燥を呼び覚ます
何もくれないくせに春は私を騒がせる
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