詩人町(しにんまち)/385
むかし、この場所に
鍛冶町、鉄砲町などと並び
詩人町があったという
町では満月の夜
長老の家で集いがあった
わずかな食べ物を持ち寄り
振舞酒を酌み交わし
詩を詠み、聴き、心ふるわせた
ちぎりをかわした妻や夫への愛を
新たな生命の喜びを
税を搾取するだけの役人への怒りを
病の苦しみを、喪失の哀しみを
小さな幸福のかけらを
字を書ける者はほとんどおらず
書を読むものすらいない
だからこそ自らの言葉で詩を詠み
互いの気持ちを通じさせた
気にいった詩があれば暗唱し
呪文のように唱えながら
次の満月を待つのだった
長老はたいそう長生きだったが
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