病床/salco
 
檻のような
陰気臭いベッドに掛けられた
その堅く白いシーツはかつて
私の母が人生の最期の十数日間を
生きていた場所だった
あれから何十回と洗濯され消毒され
何人もの患者を載せ
或いはとうに廃棄されたかも知れない
ごわごわした分厚いシーツの上に
母はその日々衰弱して行った体を載せて
春を歓ぶ権利も剥奪された生命の一刻一刻を
懸命に燃やしていた

看護婦にとっては顔の無い患者の一人
医者にとっては殊更の印象も無い症例の一つ
又、他人にとっては取るに足らない物語の
エンドマークに過ぎない
けれど母にとっては一刻一刻が、
激痛に苛まれていても貴重な生の輝きだった
抗う術なく死へ吸い込まれて行く時間の中で、
心臓の鼓動の一つ一つが母の
唯一手にした武器だった

その白旗のようなシーツの上で
その骸は、私にとって一番大事な人であり
大きな大きな愛であり唯一の家であり
生まれた星であり、
七十三年間の人生が詰まった、かけがえのない地軸だった

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