酔う/花キリン
 

もろみの香りが狭い台所をかい潜ってきて私を酔わせる。悩ましい容姿に、私は見とれてしまって動けないでいる。老いた思考の欠片を、もろみの香りの柔らかな手で探られると、昔の元気な男になって、もう少し頑張れるかも知れないと錯覚してしまう。

酔うと一番丈夫な自信まで見失ってしまうから、意味不明の言葉が生まれても、その中の存在などは小さなものでいいのだ。だから抑制してきたものに、男という我儘を被せると、この瞬間には、からっぽな意味だけになってしまうのだ。

うとうとと眠りの陰に寄り添うようにして溺れこんでいく。それにしても何と柔らかな手なのだろう。指の一本一本が耳もとに囁きかけてくる。昨夜もそうだった。今夜もそうなのだろう。私の形などはどこにもない。


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