わたしを忘れてくれたあなたへ/乾 加津也
やける痛みで何度も寝返りをうち
あなたはわたしの
名を呼んでくれたのだろう
受け容れられないと知ったら
そのあとのことなど考えられない
凍りつく鏡に心を映す
力などなくして
それだけむげに かたくなに
わたしは距離をはかる
返事をしないそのことが
やさしさと信じて
自転車で並んで走る
「わたし死のうかな」
あなたの苦悩が大波のように被さるおどろきに責められ
それでも わたしは黙って走る
まるでそれが風景のひとつでもあるかのように
あなたはどこかでひっそりと
所帯をもってやっているという
なら
いまは
わたしのことをすっかり忘れていてくれることだけを願い
そうしてわたしもやっと
セピアの過去(じぶん)との決別ができる
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