夜の河原にて/佐々宝砂
 
露に濡れた草のうえに裸足で立てば
きっと美しい言葉が見えると思ったけれど
あいにく眼鏡が曇ってしまったし
所詮ここも名付けられた大地の一部にすぎないのだった

曇った眼鏡を捧げ物のように河に放り
固有名詞を投げ捨て
一人称代名詞を投げ捨て
それでも語り続けることの意義を問え

闇を区切る河に背を向ければ
河のなかで眼鏡は月のきらめきをうつし
ひとりだちした名詞は虚空の王国へと漂ってゆく

河原に残されたうつろな生き物は
欠伸をかみ殺し靴を履き煙草を一服し
退屈な顔して家に戻った



(20代最後のころ書いたもの)
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