架空の街のロビーにて/石川敬大
 



 抽象画家が描いた
 うつくしくはりめぐらされた運河
 本流が支流になって
 クモの巣状の千の川になる
  ―― そこに
 ジェルマン
 という街がある

 静電気をおびただれかの
 旺盛なミドリの
 南の島の
 どのあたりに街が潜んでいるのか
 ぼくは知らない

 千の川のひとつひとつは
 固有の女性名詞のやさしい香気をはなっている
 すべては抽象画家の
 頭脳のなかにとじこめられて
 フユウしているだけなのかもしれない

 ウロコのように
 銀色にひかる川
  ―― だが
 よくみると
 赤茶けた泥色ににごっている
 川はまるで
 ブッダの苦悩みたいだ
 布袋草がぎっしりと川面をおおって
 雲よりもゆっくりながれてゆく

 ジェルマンは
 海のように巨大な川
 の、浮島にみえる
  ―― そこでは
 へだてられていた二つのものが急接近して
 霧雨に似た恋情がわきたつと
 ゼツボウからの帰還のように
 青白い炎がともる





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