生きるということ/yumekyo
 
ていたのは
もっぱら若者のご両親だった
私は当初 いちいちいたたまれぬ心情に陥ったが
少しずつ慣れてくるに従って
ご両親が心のうちから消えて若者の姿が残るようになった
若者達は私の方を向いているが捉えてはいない様子で
ご両親の問いかけにも反応を示さなかった
時間が経って漸く気付いた
若者達は生きては居ない 
死を隣に眠ることを選択しているのだと

周りの大人たちは訪れてきた若者達に対して
直截的に「何か」を回答させようと問い詰めてばかりいる
自らも不安定な雇用状況に置かれているものだから
ストレスから来る苛立ちを抑えきれないのだ
「何か」を直截問うのは訪れてきた若者達には酷に過ぎる
そもそも糸口すら与えられてこなかったかもしれないのだから

何かを求める
何かを探す
何かを目指す
何かに恋する
何かを愛する
これが 生きるということだけども
何もかもが 金と無責任な言論で相対化された現代では
得ること自体が闘争の始まりのようにも思われる
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