蝶の刺青/豊島ケイトウ
 
つの間にか消えてしまっていたそれに気づいた夜、僕たちは泣いた
(どちらかがだいじょうぶだと囁きどちらかが耳たぶを噛んでいたもう戻れないところに来てしまったのだと繰り返しながら)
プラスチックでできた鶏舎を持ち帰ったのは君だったそこで代わりばんこに見張ったんだ僕は君を君は僕を逃がさないように逃げないように

結局、問うことも答えることもあくびのようにしか感じられなくなったころ部屋は未然の言葉たちがひしめくだけとなった
試しに一つ未然を掴んでみると、
「縁側で日向ぼっこをしている老夫婦みたいになりたいね」
という言葉が浮かび上がった(どちらの唇が開いたときに見えたものか判然としないけれど)



小さな勇気は最初から何もなかったかのようなパチンコ玉になって落下したフローリングの床が無音で受けとめカーテンのドレープが僕の生殖器のようにも君の生殖器のようにもかたちを変えながら揺れつづけた妥協をなくして、ひたすら――

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