椅子/裕樹
 
 小さな喫茶店である
 余りにも小さすぎて
 見落としてしまいそうなそういう場所を
 隠れ家と呼んでいた
 隠れ家にはたった一つだけ揺り椅子があった
 その椅子は
 誰のものでもなかった
 しかし
 その椅子に必ず座するものがいることは
 誰もが知っていた
 
 日当たりのよい
 窓辺の揺り椅子に
 一人の青年は何時も座っていた
 
 彼が何を思うかと言えば
 もしかしたら愛だの恋だのという
 ありきたりなものであったかもしれないし
 あるいは詩の行方であったかもしれないし
 船が無事出航したかどうかということであったかもしれないし
 椅子をきしませながら
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