泣き腫らした家/泣くまでの経緯/豊島ケイトウ
「泣き腫らした家」
その家は号泣する
時間を失った丘陵にたたずみ
家主の帰りを待ちわびながら
その家はときどき夢想する
彼女が門扉を開き
飛び石伝いにやって来るさまを
門前に水を打つ者はおらず
庭木を剪定する者もいないが
毎年ツバメが営巣するし
金木犀から慈悲深い香りを嗅ぐ
もう三年ほど前になるか
ランドセルを背負った少年が現れ
その家の濡れ縁でひっそりと
泣いたことがあった
そのときに泣き方を教わり
実際 泣いてみたのだった
孤独の少年とともに
いつか泣き腫らした眼で見た
ほおずきのような夕
[次のページ]
戻る 編 削 Point(14)