風へ消えた/塩崎みあき
 

遠大な海の
ひと椀をすくう喜びを
おまえは
知らない
この手に収まる
椀型の海の広さ

茜さすことなく
暮れてゆく村の
岸壁に
一人の老婆が座っていて
皺のよった手で
かすかに拍子をとり
子守唄を歌う
老婆に子はなかったが
母のように
慈愛に満ちた表情で
荒れた海に
投掛けるように
歌う
おまえは
知らない
波の激情に
打ち砕かれた
おまえのはらから

今日はきびしい海風の
この村
立ちつくし
想っている
故郷の明るさも
吹きかき消され
所在無く
歩く
暗い頭上を
猛禽の一羽が
旋回飛行している
けれどおまえは
天にも地にも
属さないので
何も知らず
海であるように
大気であるように
おまえ

おまえの孤独だった

海岸線の果てしなく
湾曲した道を行くと
いつの間にか
村を過ぎていた
後戻りできず
かすかな後悔を
翳る瞼に積もらせて
おまえは
知らない
こんなにも灰色な風向き

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