母の靴、私の靴/豊島ケイトウ
「せちがらい世の中です」母のセリフをまねてみる。二、三回繰り返し、それをていねいに咀嚼したあと、私は玄関に行った。
靴箱から母の靴をすべて取り出し、その中の一つを磨きはじめる。
私たちの足のサイズは同じだ。寸分の狂いもなく。けれど、好みや愛着度は違う。私は靴を愛している。母は、たとえぼろぼろになっても頓着しない。スニーカー、パンプス、ハイヒール……母の靴はどれも薄汚く、貧相だ。
そんな母が――私の靴をはいて出てしまった。私は、このままありとあらゆる靴を磨きながら待っているつもりだ。母が私の靴を返すまで、だめな母親でごめんねと涙声で謝るまで、ずっとずっと待ちつづけるつもりだった。汚れは一向に落ちそうにないけれど。
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