この鬱蒼たる森はかつて宮殿であった。腐葉土の堆積と地下茎の絡合に阻まれて遺構とて目に立たないが、ここから真北へ直進すると、やがて行き当たる巨きな樫の根方に井戸跡がある。崩れた石積を覗き込めば中は埋もれ、散り積もった去年(こぞ)の枯葉がたまさか風にかそけくばかり。 この井戸には往時、幼い姫君が難を逃れたとの由来がある。水涸れた底に娘を隠す時、王は百舌の約束を交した。姫は枯葉の下で暗黒神と白昼の悪鬼に怯え、震えながら父上を待ったという。