「影」/豊島ケイトウ
おととい、この町はもう終りだと誰かの「影」が千鳥足でふらついたまま標榜したのがはじまりだった。
きのう、よその町の「影」が焦点の合わない眼でニヘラニヘラ笑いながらやって来て躊躇なく私たちの「影」の一部を倒した。
きょう、よその町の「影」がやはり焦点の合わない眼でニヘラニヘラ笑いながらおびただしい数の「影」をしたがえてきて私たちの「影」の全体を蹂躙した。
あした、私たちの「影」は一様にひっそりと命を絶つだろう。
あさって、この町はよその町の「影」のものになるだろう。
ああ、できるものならもう一度――
「主」の顔が見たかった
と、私たちの「影」は悲痛なあるいは敬虔なあるいはいら立たしげな心持で幾星霜もつぶやくことだろう。
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