多元ドア/夏緑林
どあを開けると
豪雨の中にいた。土砂降りの雨に頭から突っ込んでゆくときみがいた。ぼくに何かを語っていた。ぼくの発する言葉は雨粒に叩かれて水和して消えた。ぼくはいたたまれなくなって 別のどあを開けると
水の中にいた。ぼくはたちまち分解せずに溶かされた。ぼくの発する言葉は濃密なことばに包まれて反応して形を変えた。ぼくは苦しくなって 別のどあを開けると
小さな滝の下にいた。セオリーを忘れて沢を駆け下るとゴルジュに行く手を阻まれた。ぼくの発する小さな悲鳴は増幅されずに減衰するだけだった。ぼくはいらいらしながら 別のどあを開けると
爆音に襲われた。音量だけで音が歪んでいた。ぼくは圧倒されながら 別のどあを開けると
体育館の中にいた。整列する椅子の中ほどに腰掛けてみた。豪雨の中のきみを思い出してみた。大人になったいまでもきみのことばはぼくの体の中を突き抜けてゆくけれどもぼくの言葉はあまり変わってくれない。溜め息はことばにならないけれども瞳を見開いて
ぼくはまたどあを開けてみるつもりだ
開け放ってみるはずだ
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