ゆうやけ/天野茂典
 
そんなバケツをひっくり返し
  どくどく流し込んだのはぼくだった
  ふりたての雪はみるみる染まった
  病院のベッドで死に際に父が言い残したのは
  海がみたい
  の一言
  それで意識は絶えた
  呼んでいるのは父
  呼んでいるのは父
  ゆうやけがうつくしいのは悲しいからだ
  ゆうやけがうつくしいのは嬉しいからだ  
  いつも父が呼んでいる
  トランペットを吹きながら
  ぼくの耳にこだまする
  ベッサメムーチョ
  恐山ではない
  街からみえる彼岸花の虹彩なのだ
  花柳界で花形だった父の
  遺失物
  あんなに焼けているのは
  斎場の火焔だからだ
  父よ
  もうすぐ母もゆくだろう
  それまでひとりで
  魚でも捌いていればいい
  海の匂いがするのだから・・・・・
  




           2004・10・18
戻る   Point(3)