夢見ヶ崎のひと/恋月 ぴの
た親指をわたしの鼻先に突き出した
どこへ出かけるにしても自転車に乗っていった
薄情にも仔犬のことなど忘れ去ってしまったのか
そろばん塾を気にする弟をそそのかし
夢見ヶ崎からの帰り道、跨線橋の上から操車場を眺めた
無数の線路が夕陽にやたら反射して
列を成す貨車の背中は太陽の黒点のようであり
或いは歩みを止めた蟻の行軍にも似て
何が変わったのだろう
今では跡地から光り輝いた線路は消え失せ
セイタカアワダチソウの揺れる穂先が疎ましいにしても
耳を澄ませば動力車の汽笛が記憶を呼び覚まし
やはり何も変わってはいないのだ
夢のあとさき、そして掌から零れてしまった時のひと房
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