グレープフルーツ/たもつ
グレープフルーツの皮膜に包まれて
団地のベランダなどから
沈んでいく
この町には地図というものがないから
日陰を歩いているだけで
まれにこのようなことがある
セミの鳴き声が聞こえるけれど
耳を澄ますとそれは
ぜんまいを巻く音だったり
落葉の裏側の匂いだったり
もういない人の面影だったりする
いずれにせよ
セミには用のない町なのだ
底まで沈んではいけない、と
上の方を目指して手足をかく
町の特産物でもないのに
時々、誰も知らないグレープフルーツが
転がっていることがある
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