ジュリエットには甘いもの 前編/(罧原堤)
 
トしたものだった。どんな苦しいことが身に降りかかろうと、それが良い思い出に変わりますように、との願いをこめて。
 寝付けない少女がふと、(あの楽譜、あいつが落としたんじゃないのかな)と、思い、おびきだそうと、窓をあけてかじかんだ手で一曲弾きだすと、やはりあの男が自販機の前で耳をすませていた。音のほうに影を伸ばして。深夜、眼科の前で、目をおよがせながら……。──覚えたての曲を弾いていた少女がやがて目を瞑ると、いろいろな情景が頭に、取りとめもなく浮かんでは消えていった。少女はその情景にあった音を探しあてようと、ストローでアップルティーを吸いながら、足でてきぱきとペダルを踏みつけていった。少女がたまに
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