こぼれた群集 (レイヤード)/乾 加津也
 
あなたがいる
汽笛がなって
レモンバアムのかおりがひろがる

わたしはいない
鰹節の振り子のように
首を捜しにでる

あなたとわたしは
しばらくたちどまる群集のどこかで
(それもちりぢりの方角にいて)
いつかのローマの交通をなげいていた

あなたは高架橋のさいごの礎をおろし
その上をわたるわたしに耳をすます
ふりそそぐ新聞紙にまみれ
だれかの靴がかがやくのがわかる

雨にうたれたメロディを踏むたびに
コートの裾は小さくひるがえる
展望台なら身を投げて
あすをかたどる映像を凍らせようか

「均衡なの?」
あなたはおもう
「清冽だよ」
首のわたしはうなずく

イルカがはねて
星のかけらが散った
陽がのぼるまでは支配はやんで
あなたとわたしは群集のままたちどまっていた
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