修善寺狂想/殿岡秀秋
術が発達して
可能になるだろうかと期待する
しかしとても無理ではないかと
考えれば
考えるほど苦しくなる
自分の唇を切り取って
新しい唇に変えたい
という願いが
肌色の鯉になって泳ぎだす
池から空に
肌色の鯉がのぼろうとする
浮きあがっては池に落ち
またのぼりだす
そして
池の上に浮かんで鰓から血を流す
ふくれた唇の端が切れたように血が垂れる
肌色の鯉が真っ赤に染まる
大人になって再び修善寺を訪ねる
長い廊下から
能舞台へ向かう
池の上の渡り廊下には
仕切りがあって
立ち入り禁止になっているが
横からすりぬけて
雨風に色のあせた
重そうな板戸をあけようとする
おもいのほか
簡単にひらいて
午後の光が舞台をてらす
そこに不動明王のように顔を強張らせて
亡くなった母が立つ
唇はこのままでいい
しかし
ぼくが楽しみだすと
安らぐことのないように
いやなことを想いださせる邪鬼はまだ
母の足元にうずくまっている
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