思い起こさせるもの(3)/385
子どものころ最も恐怖したことは
便所に落ちることだった
汲み取り式だった
もちろんそんな呼び名は知らず
「ぼっとん」と呼んでいた
扉を開けると中は裸電球で薄暗い
スリッパを履く
木の蓋をあけて 壁に立てかける
臭気が漂うので 息は止める
慎重に 膝半分ほどの段差をあがる
気を抜くとスリッパを落としてしまうから
すばやく用を足すと
今度は慎重に降りる
蓋を閉めると ようやく息をする
慌てて外に出て 手を洗うと日常に戻る
そのくせ 便器の中を
のぞき見ることもあった
月に一度
バキュームカーがやってきて
轟音をたてながら
八家族一ヶ月分の排泄物を
吸い取っていくとき
小学校六年生で引っ越したとき
新しい家は水洗便所で
「toilet」と書かれた札を
ドアに貼り付けた
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