済州島4・3事件へのオマージュ/はらだよしひろ
 

  海辺遊びしかなかったのです

  「父」を思うては手で顔を覆い
  「老」を思うては伯父さん・・・・と啜り呟き
  「済州島」と言うては想いを馳せ
  海辺遊びでただただ泣いたのです

  雲は何処へ行ったのだろうと
  思える青々しさも忘れるほどの
  うわいろに
  幼子にしわを寄せた年年が
  今以って遠くなりつつあります

  もう、日本語しか話せなくなった時の隔たりに
  海辺遊びも言葉を失い
  小波が寄せる音だけが
  耳のはるか奥で鳴っていました




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注:済州島4・3事件とは1945年〜1955年の間に今の韓国済州島で起こった虐殺事件のことを指す。当時、推定二十万人の島民の内、三万人が殺されたといわれる(死者数については異説あり)。尚、昨年の十月に韓国大統領が正式にこの事件に関して謝罪した。

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