あのフロリダの海/藪木二郎
 

 原作の小説版では
 彼女はあの海洋学者と浮気をするのだが
 その情事のための長い身繕いの際
 両の腋の下にたっぷりと
 たっぷりと香水を擦り込んでいくのだ
 そして署長である夫の言葉
 大きな歯クソをつけた女とのデートほど
 シラけるものはない
 を思い出しながら
 その股間にもたっぷりと
 たっぷりと香水を擦り込んでいくのだ

 爽やかであろうはずのフロリダの潮風は
 爛熟とも違う
 妖艶とも違う
 あの中年女性の不潔な官能性に
 今なおたっぷりと満たされてしまっている
 結局
 あの署長夫人のきつい体臭だけが
 残ったのだ
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