機内から/番田
女性の心を見つめた。手渡されたキムチを食ったからで、それからアイルランドに飛んで行く乗り継ぎ便に入ると、座席にもたれて井上陽水を流したけれど本当にそれは気分よく、心がもう一度引き裂かれるほどだった。
隣は先月会社を退職した男が座っていた。会社を辞めたことなのでイタリアで神殿を見るのだと主張していた。パスタを食べて迷路のようだと言われている田舎街を歩きまくるのだと言っている、その向こうの女性はスペインで彫刻を鑑賞したいのだと訴えている。南蛮料理を食べながら芸術的な景色を撮影するのだという。けれど、アイルランドには特別な場所も文化もないのだと、僕は、全くすることのなくなった旅行を思い知っていた。
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