幽霊坂/岡部淳太郎
 
のであるという奇妙
な考えが私にはあるのだが、もしも幽霊がこの坂を徘
徊しているのだとしたら、彼または彼女は中年どころ
かもっと長い年つきを、ひとり過ごしてきたに違いな
いのだ。そう思って、私は古びた身体を奮い立たせて
往時の幽霊に会う、ために坂を上る。私は左右から迫
る壁や木の梢に、囲まれた狭い溝のような坂を上って
ゆく。東京と、いう郷土の土のにおいが幽霊という観
念を育てて、それが地に縛られた思いを醸成する。こ
の坂道を、上りきれば現代の時間がいっしゅんにして
幽霊を、忘れさせるだろうが、いまは過去のみが正し
いと、思われる。横から伸びる枯尾花がほほをなでる
と、蹲っていた幽霊が立ち上がり、往時と同じように
、この坂道を果てしなく往復する準備を始めるのだ。



(二〇一〇年五月)
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