馬喰町のひと/恋月 ぴの
 
帳の外
女ふたり夜更けまで膝を交え話し合ったこと

その一字一句をそらで語れるとしても私の失ったものは戻ってはこないのだから

見上げると居抜きで持ち主が変わったばかりなのか
真新しい建物表示の脇に取ってつけたように表示された旧建物名

確実に季節は移ろいでいて
たったひとりの女の心うちにあってさえも不変と名指しされるものを持て余し

夏服の色合いは薄水色であって欲しいとビルの谷間の草いきれにあえぐ





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