ありえない場所/岡部淳太郎
 
――昔の旅を思い出して



海沿いの
裏の国をさまよっていた
背後に山が迫る狭い平地で
当然のように道に迷った

時はゆっくりと勾配し
私に追いつきつつあった
いくつかの見知らぬ顔が通り過ぎ
道端にはその土地の名前がつけられた
埃が積もっていた

これまでに巡ってきた
海や街や夜が思い出され
もうこの旅も終りかと
思われた時

  おまえは帰れ

そんな声が聞こえたように思って
山を振り返った
土地の言葉を話す老婆がうつむいて
自らの足下を見つめていた

帰れと言われてももともと
私には故郷などなかった

いったいどこに帰れというのか
とまどいながら
(なおもこの旅に迷ったまま)
私が帰るべき
ありえない場所のことを思っていた



(二〇一〇年五月)
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