春色慕情/生田 稔
 
かな文学を愛する者
今日はうす曇り、鈍き陽の光

人は山に杉ばかり植う
そばに居る人言う
雑木を増やさぬ山は廃る
いかにも、左様
葛川辺過ぎゆく時の
されされと、流れのままに
心目に従いて、移りゆく
若葉の木々一面に生じ
キャンプ場に群れる人々
春かすみ、慕情の山里
行者山トンネルを抜け
見れば、民家かたまりて在り
渓流曲がりくねりて
流れに流る
春の午前、しばし
 筆を置く

樹下に憩いて
茶を喫する
妻栃餅を購いて出せば
鄙びし味、栃を愛ず
真上の桜、花既になく
若葉さわさわと生え
枝ぶりしなやかに
風そよと吹く
広き川のほとり
人は群れ来

欲情はみにくく
空しきに
我が身は清き
春の空気の中に
座りて、憂いなし
老木春色の中に立ちつくし
若き木にまさる
幹太く、しぶき色相
五月は春の頂点
紅白黄緑競いあい
道端の店と家々、見つつ走れば
シャガの花白く群れ咲く
カーステレオに聴く
ベートーベン[運命]
高き峰現れたちまちに消ゆ、旅は間もなく終りに近し。






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