妻の涙/久亜麻ジュン
 
痛みのある覚え

それはその人の人生と分かちがたく結びつく

妻が心にとめたものが

涙となって零れ落ちるのを

ぼくはとなりで見ていた


映画を観終わったあと

妻に感想を聞いたら

「つまらなかった」と一言

殺された少女が残された家族を天国から見守る

という内容のシリアスなファンタジーだった

ぼくらは映画館を出て

その映画について語ることもなく

静かな夕食をすませた


妻は高校生の時分に

兄を亡くしている

ぼくはたびたびその兄と比べられて

手ひどくやりこめられることもあるが

そんな妻の兄を慕う気持ちが

年上のぼくに

生活を気付かせる


その涙は

映画の側ではなく

人生の側にある

いつもの帰り道

ぼくらは些細な喧嘩をしたのだから

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