地軸/salco
朝まだきと言うのか、夜が明けたかどうかという頃
かすかな鐘の音がいつも遠くから聞こえて来る。
住職が鐘撞くような高徳の寺はこの辺りにはないから
多分、世田谷通りの向こうからだと思うが、
しかしそれよりも、深い森を抱く田園風景もない町なかで
山端に沈む夕陽もなく青い翳にだんまり浮かぶ道祖神もなく
一番星に行き暮れる旅人のいる筈もないこんな住宅街に
鐘の音を耳にするのは陳腐な気がするのだ。
川を流れる深情けの果ても裏山で首吊る借財親父もない、
負われて売られ行く娘も納屋で自涜に耽る少年も、
床下に繋がれた気違い女も鳥打帽の犬殺しもいない、
平成の東京都には、寺などひとつも要りはし
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