春のまぼろし/黒木みーあ
 
{引用=
のそり。枝垂れすぎた桜が、穴開きブロック塀の上を跨ぐようにして、地面に口づけをしている。ような格好で、あたしの方にお辞儀をしている。薄桃色の、明るい、花色。雨上がりの陽に触れてそれは、どことなく艶めいて見える。きっとまだ、誰にも触れらていないんだろう。そう思ってあたしはそのさきっちょをぽきり、と、へし折って手に取ってみた。(( ちく、と小枝が刺さる。僅かな、罪悪感。人並みの。風が、腹部の方から、突然やってきてあたしの、鼻先を突き抜けていく。吸い込む空気に、香る。中へ、中へ中へと、満ちて、いくように、春。

光合成。草木の、一年ぶりの、でもとても懐かしい匂い。あたしは道を行く。ごーす
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