ドルフィンホテル/mizunomadoka
昨日きみがくれた指輪を、右手の小指にはめて
部屋を出た。
真夜中近くのロビーはとても静かで
カウンターにふたりの女性が立っていた。
外はまだ雨が降っていて
このまま濡れてしまいたかったけれど、モバイルを持っていたので
ためらった。
オレンジの灯りに照らされたオリーブから水滴が落ちていく
甘い草の匂いがした。
船着き場でタクシーを降りる。
ここで待っていましょうか? と運転手がいってくれる。
微笑んで首を振る。
常夜灯の下、フェリー乗り場のアーケードを抜けて
青い輝きのマリーナが見える。
私は鍵を開けて中に入る。
氷河期に厚い氷で覆われた海面を歩いて渡ったのは
嵐の中、必死で船体の水を汲み出したのは
誰だったか
今も海底で眠りについているものは
きみがどこにもいないのは
目の前に海がある
悲劇のヴィルヘルム・グストロフ号
赤と緑の航海灯
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