声の事/プル式
いつからだろう声が遠くなった
僕は泣く事が少なくなり代わりに笑う様になった
ただ平穏な時間が粛々と過ぎて行く中で
声の事を考えない日が多くなった
ある日電車での帰り道で目の前にいた男が咳をした
一つ、二つ、三つとそれが耐えられなくなった
四つ、五つ、六つと息を押さえ両の手を握りしめた
顔を反らすと窓の中で真っ赤な顔がねめつけていた
呆然としたままラッシュに押し出された僕は
駅のトイレで手と顔を洗った
何度も何度もくり返し洗って顔を上げると
鏡の中で青白い男が静かに笑っていた。
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