ポケット/たもつ
 


つぶやく、と、言葉が
僕をポケットにする
だから何でも入るし
ピアノだって上手に弾ける
ピアノを弾くと父はだんだん丸くなり
丸くなった背中を母が高く馬跳びする
着地したところはすぐ近くに小さな漁港があって
漁船が湾内にいくつか浮かんでいる
父が、やわらかいお刺身を食べたい、と言うので
漁師さんに死んだ魚をわけてもらう
魚だって丸ごと入る
立派なポケットになった、と
二人ともほめてくれる
気がつけば僕の年は
とっくに両親に追いついてしまった
運河沿いを並んで歩く
昔と同じ距離感で
夫婦には夫婦の
親子には親子の距離で歩く
明日は何をしようか
明日が来るのがあたりまえのように話していると
やがて野原みたいなところではぐれてしまう
迷子のアナウンスをしてくれる係の人を探して
足早に歩く、そして、つぶやく、と、
もうポケットではない僕が
だらしなく破れたポケットを引きずり
ただ足早に歩いている



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