月面航海記(病の沼)/楽恵
僕は今、月のパルス・エピデミアルム、病の沼に来ている
病の沼なんて、とても不吉な感じの地名だけど。
ここは月ではずいぶん南の地方になる
僕の銀色の船はこの病の沼の北西部、
マルトと呼ばれるクレーターの近くに着陸している
マルトは二重の周壁に囲まれた、不思議な形のクレーターだ
船の窓から、マルトの縁の内壁をスケッチする。
それから船の外に出て、銀色に輝く船体の整備に勤しんだ。
宇宙服を叩いて、着いたレゴリスをはらう。
月の地表はレゴリス、細かい砂に覆われている。
この細かい砂は油断すると、宇宙服のすきまに入ってくる少しやっかいな砂だ。
かがみこんで、地表のレゴリスを握ってみる。
そして少しだけ指のあいだをひらく。
磁気を帯びやすいレゴリスは、
地球の砂みたいに指のあいだをサラサラと落ちていったりしない。
ただ僕の手にくっついて、離れないだけだ。
このマルトのすぐそこまで、深いラムズデン峡谷が迫っている。
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