さくら坂のひと/恋月 ぴの
 
私のおなかの上で赤鬼みたいな怖い顔をして
額の汗を拭おうともせず
力強さこそが総てと容赦ない恥骨の痛みに涙を流す




さきほどまでの赤鬼が嘘のような寝顔
横になって見つめれば不思議と安らぎに満たされて
肌けた掛け布団をなおしてみたり
母から教わった子守唄
許せることの優しさを知る




あれは手をつなぎ越える坂だった

坂の上には添え木で支えられた桜の老木があって
開花の季節ともなれば
見渡す景色を薄桃色に染め上げた

晴れ着を着た母と子が
契りを交わしたばかりの男と女が

一歩一歩と手をつなぎ苔した石段を登りつめ
鶯の気まぐれに老木の生き様これみよがしと風に舞う




母の乳首に夢心地と戯れていた
そんな子守唄を
私を組し抱いた男のためにくちずさみ

やがて産まれ来る我が子の指先に咲いた桜の色をなぞっては
いつの日にか手をつなぎ母と越えたあの坂を


越える



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