ギムレットには早すぎる/渡 ひろこ
れ、必死に逃げだしたあ
の男の顔が目に浮かぶ。
さっきまでの淡い期待は冷や汗に変わっていた。
そろそろ引き上げた方がいいだろう…。伝票を掴もうとしたが
、身体が痺れて動かない。気づいたら、もう右手に白い蜘蛛の
糸がネットリとまつわりついている。君はトロンとした目を鈍
く光らせ、含み笑いをしながら「ねえ、3杯目が欲しいの」と
にじりよってきた。抗えばますます締め付ける蜘蛛の糸。この
ままじゃ女郎蜘蛛の餌食になる。
直感的にある固有名詞を言わなければ、逃げられないと思った。
あの小説の中に出てくる一節だ。そう、さっきまで君の喉をす
べり落ちていた液体の名前を。だけどなぜか
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