月面航海記(嵐の大洋)/楽恵
 
暗黒の空の下には灰白色の砂が硬く積もっていた
海底は果てしなく広がっている

僕の銀色の船は今、嵐の大洋に来ている

大小のクレーターは蟹の足跡やヤドカリの巣穴のようだ

この嵐の大洋は月にある海のなかで最も広い海だ
この海の南には、雲の海や湿りの海がある
そして北に大きなカルパチア山脈をはさんで、雨の海があるんだ

世界はすべて、白と灰色と黒でできている


僕は相変わらずこの航行記を紙に書いている
電波に乗らない言葉に
誰かに伝えられない言葉に何の意味があるの、と地球にいた頃君は僕によく言っていた
でも僕はこれからもこの頼りない紙切れに旅の記録を書き続けたいと思う
こうして紙に書いていると
心のより深いところで君と会話しているような気になるからだ

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