労働/攝津正
ない。
生存不可能。
ドゥルーズの『意味の論理学』を読んだ時、フィッツジェラルドが「勿論、人生とは崩壊の過程である」と書いたのが引用されていたのを、攝津はいつも興味深く面白く思い出す。実にその通りだと思う。攝津は、津軽三味線の稽古を辞め、ファンキー・シーズを解散(活動停止)し、人との繋がりを断ち切っていた。労働すら出来ぬようになってきた。相談する人も無く、救済手段も無く、追い詰められていた。ただひたすらに苦しかった。制度的にも何にもどうにも仕様が無いと分かってはいても、もがかずにはいられなかった。攝津が幾らもがいてもどうにもならぬ。それは自明だった。攝津は破滅、滅亡、崩壊を免れる事
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