古い池/合歓木
水面を自在に動き回っていた
水すましはどこへ行ったのだろう
少年の高慢や恥辱など
とっくに澄んでしまっている
池に沈むしがらみは
百舌や川蝉のように
とび越えねばならぬものだった
見知らぬ男に突き落とされたり
渦巻に引きずり込まれる
そんな恐れを背後にしていた
少年の日々
這い上がりたかった
あれから幾世代が過ぎたのだろう
オンボロロになってたどり着き
とび越えてきた後ろめたさに
また古びてはにごる歳月
それでも許されている
行方不明の人の名や
ずぶぬれの時や絆が溶けている池
縄文の火焔土器を焼く先祖の村や
いくさで子を失った
母の狂気をしずめた池
ちょっと少し前だったろう
孫と覗いていたその二つの顔も
シャボン玉や雲や雪の結晶も
池の鏡は映している
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