彼と私/敬語
 
た彼の、胸の前で器用に絡み合った手が、小刻みに震えているのに、私は気が付いていた。


「もう、どうしようもないんだ。僕ではどうしようもない。頼む、僕を助けてくれ」

赤く目を腫らし、上擦った声で懇願する彼の、私の肩を掴む指に、常人離れした力を込められているのに、私は気が付いていた。


だけど私は、彼に何もしてあげることは出来なかった。
そう。助けてあげることも、支えてあげることさえも。

悲しさよりも虚しさよりも、ただ後悔だけが私の中に残る。


だけど私は、彼に何もしてあげることは出来ない。

だって、私はもう死んでいるのだから。
他ならぬ彼の手で、私は殺されていたのだから。


「ねぇ、聞いているのかい?聞こえているなら、頼むから目を開けてくれ」

永遠に瞼を開くことのない私に、永遠に私が死んでいるのに気付くことのない彼は、永遠に終わることない苦悩を話し続ける。


私に助けを求めて。

私に救いを求めて。



だけど私は、彼に何もしてあげることは出来ない。

永遠に。



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