アスラエル/チアーヌ
 
さいね」
 そう言いながら彼女は俺の胸にそっと手を当て、何度も優しく撫でてくれた。
 すると苦しかった胸がすうっとして、まるで健康だったときのように楽になっていくのがわかった。
 俺は彼女を見つめていた。
 そのとき、俺はふと気がついた。
(母さん)
 誰かに似ている、どこかで会ったことがあると思っていたのだが、彼女は母親とよく似ていたのだった。 高校生の時、がんで亡くなった母親に。
「さあ、一緒に行きましょうね」
 彼女はそう言うと、俺の頭のほうへ移動し、壁からベッドを外した。
 月明かりだけの暗い部屋に、ゴトン、という重い音が響いた。
 そして、押しながら歩き始めた。
 まるでベビーカーでも押しているみたいに、その足取りは軽やかだった。
 俺はベッドごと部屋から出た。
 そして、夜の病院の中を、どこまでも運ばれていった。
                      終り
 

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