記憶の海から/小川 葉
 

 
大人の言うことなんか
信じるな
というおじさんがいた

おじさんと僕は
蜘蛛が糸を張るのを
よく手伝った

おじさんは
糸に捕まって
蜘蛛に食べられながら

それでも
大人の言うことなんか
信じるな
と言っていた
 
 
+
 
 
毎日歩いた道の記録を
地図に記し続けた

ほとんど同じ道ばかりなので
地図の一部が塗りつぶされ
擦り切れていった

時々休日があるので
海に向かって
細く線が引かれた

まだ歩いたことのない道にも
ためらいがちに
線が引かれていた

約束はいつも
叶わないことの方が
多かった
 
 
+
 
 
いつからか
藍色に染まる街が
やさしかった

朝日が昇る前の
君と過ごす時間ばかりが
大切な気がしていた

同じ家で暮らし
違うどこかで
生き延びなければならない
ひとつであるために

スターバックスの丸い看板を
いつも時計と間違えて
見上げていた
 
 
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