凪が終わる時/within
ート暮らしだった頃、大きな大人の影を見たことを覚えていた。その大きな影は穏やかにさとす如く道人の手のひらに、動かなくなった甲虫を置き
「君に大事な秘密を託すよ」
と言った。その影が去ったあと、道人は何かその生の抜け殻を持っていることが、唐突に背負いたくもない責任を押し付けられたようで、振り払いたくなり、見つからないように甲虫の屍を道の脇に捨て、家に帰った。
道人は急に自転車のペダルが重くなるのを感じた。岡沢と原野のことを思い出した。それでも道人は止まらなかった。夕焼けは道人の影を引き伸ばし、遠く彼方から聞こえる残響のように次第に終わろうとしていた。道人の目には、薄っすらと涙のようなものが浮かんでいた。
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