不知火の海/楽恵
新月の深い闇夜はいつも
晩夏の有明海を思い出す
まだ19歳のひとり旅だった
熊本長洲港から最終間際の有明フェリーに乗船し
対岸の長崎国見の多比良港に渡った
フェリーに親しげについてくる群れた白鴎のあいだに
遠く去っていく宇土の山々の稜線と
近づいてくる雲仙岳や島原半島を眺めた
西日に輝く有明海は
それまでに見たどんな海とも違って
不思議な豊饒さに満ちた海だった
山に囲まれた内湾のせいなのか
日本海や瀬戸内海よりも潮の香りが濃く密に籠っているような気がした
もう日がずいぶんと暮れ始めていて
海風は強く時化た波が船体を激しく打ち付け
海鳴りが怖
[次のページ]
戻る 編 削 Point(13)