R/有邑空玖
「病院」と云う単語を口にすると、決まってあたしの脳裏には秋の終わりの桜並木が過る。枯れた葉が風に巻き上げられ、足を進める度にかさかさと乾いた音を発て、粉々に散った。手が冷たくて、外套のポケットに入れてみるが、其れでも外気に晒されて居るのと少しも変わりはしない。指先から大気に馴染み、其処から秋に成って行くのだろうか? そんな錯覚さえ覚える。
其の病院は戦後間も無く建てられた古いもので、白かったコンクリートの壁は既にモノクローム写真の薄い灰色だ。幾つも罅が入り、未だに使用されて居るのが不思議なくらいの代物である。窓には日に焼けたリンネルの(元は目映い程白かっただろう)カーテン。昼間でも薄暗いリノリ
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