もう唱えない/殿岡秀秋
 
職場で叱られそうになって
動悸がしても
南無南無南無と口ずさむと
意識が現場から逸れて
少し楽になる

幼い頃に
母に連れられて寺に行き
大きな仏壇の前で
毎日題目を唱える
そういうものだとおもっていた

十代で信仰から離れたが
困ったことがあると
反射的に題目を唱えてしまう

大人になっても
鳩時計のように
胸の扉があいて
メロディは流れないが
唇が動いてしまう
単調な音楽は
母がセットしたまま変わらない

それでも
もう唱えない
雨の傘のような
題目をすてて
ずぶ濡れになった
自分を受けとめる

たとえ叱られて
動悸がすることがあ
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