あの日/草野春心
 

  弟が部屋に篭ってテレビゲームをしていて
  父親はパチンコに出かけていて
  やがてポッキーを持って帰ってきた
  でも
  それは
  いつもどおりで
  あの日
  それは時点ではない
  でも僕はそれを
  あの日
  と
  呼ぶ
  つまりそれは記憶なのだと
  思う
  (本当のことだけが記憶をつくるのではない)
  そこでも
  取り返しがつかないほど
  時は流れていて
  その流れは
  僕を追い越したり
  飲み込んだりする
  僕がその流れを
  追い越したり
  飲み込んだりするように
  ひょっとしたら僕は
  一歩も動くことなく
  一生を終えてゆく
  一瞬を生きることなく
  一生を終えてゆく
  あの日
  風が吹いて
  水のうえに痕を残して
  無数の空白へと吸いこまれていった
  そしてあの日
  あの日僕は
  幸福だった




戻る   Point(1)